2020年01月24日更新
日本では10年ほど前まで、菜食主義者を指す言葉として「ベジタリアン」が一般的に広まっていましたが、近年は「完全菜食主義者」を意味する「ヴィーガン」という単語を耳にする機会が増えました。
ヴィーガン発祥の地、イギリスにおける2018年時点での「ヴィーガン」の割合は、全人口の約1%、およそ60万人程度に留まるものの、そのうち42%が「1年以内にヴィーガンへと切り替えたばかり」であるという調査結果があり、今まさにヴィーガン人口は急増していると言えます。
このような動きは、日本国内においても一大市場の形成へと繋がっていくのでしょうか?
そもそも「ヴィーガン」という位置づけが誕生したのは、1944年のことです。元は、「ベジタリアンの中でも卵・牛乳・チーズといった乳製品も食べない」という人々を指す言葉として、一般的なベジタリアンと区別するために使われるようになりました。
現代においてもヴィーガンは「狭義のベジタリアン」に分類されます。原則的には食事にとどまらず「生活全てから動物由来のものを排除し、動物を搾取することなく生きるべき」という思想のもとで生活を営んでいる人たちのことを定義しています。
ヴィーガンにはこのように動物愛護の精神が根付いており、これこそが健康志向を根底とするベジタリアンとの明確な違いとなっています。
ヴィーガンの食事における課題としては、ビタミンやミネラルは野菜から多量に摂取できるものの、動物由来食材の完全な排除により動物性タンパク質を摂取することがまったくもってできなくなってしまうという点が挙げられます。
人間の身体に欠かせない栄養素であるタンパク質が不足すると、肌や髪のトラブルだけでなく、免疫力も低下するなど、様々な身体機能に悪影響をもたらします。そこで動物性タンパク質に代わって摂取する必要があるのは、植物性タンパク質です。
植物性タンパク質は米類やブロッコリー等の野菜にも含まれていますが、豆類やナッツ類には特に多く含まれており、それらを上手く用いて栄養バランスを整えることが重要になります。よって、日々の食事に取り入れやすい「大豆ミート」などに代表されるヴィーガン向けの加工食品が注目されているのです。
世界全体でのヴィーガン向け加工食品市場は拡大を続けており、既に全世界では1兆円を超えるほどの大きなマーケットであると試算されています。
一方国内に目を向けると、日本人のヴィーガンも確かに存在しますが、海外と比較するとまだあまり浸透していないというのが実情です。その理由の一つとして、日本人はヴィーガンを「美容」「健康」「流行」などとカテゴライズしてしまう傾向があり、「動物愛護」「ライフスタイル」といった文化的要素が強い本来のヴィーガンとは異なる捉え方をしているのではないかと考えられます。
同じような見方で広まったものとしては、「プチ断食」「精進料理ダイエット」などが挙げられます。日本人にはヴィーガンもひとつの「健康法」として、よりライトに実践する「週末ヴィーガン」のような形で普及していくのかもしれません。
それならば、日本国内でのヴィーガン市場の拡大はあまり見込めないのかというと、必ずしもそうとは限りません。その鍵は、近年増加し続ける「訪日外国人旅行客」が握っているのです。
政府は2020年の訪日外国人旅行客数目標として4,000万人を掲げていますが、近年はその目標達成にはずみが付くような、目を見張るほどの伸び率を維持しています。
そのような情勢のもと、観光庁によると、2018年に訪日外国人が旅行中の飲食に費やした累計金額は約9,783億円に及ぶそうです。
また、多言語レストラン紹介サイト「Vegewel」を運営しているフレンバシー社の調査では、日本へのインバウンド客のうち4.7%が「ヴィーガン」および「ベジタリアン」であると推計されています。
これらのデータを組み合わせると、「海外在住のヴィーガン・ベジタリアンが日本で飲食した金額」は年間約460億円に上ると推測できます。比較対象として、近年大きく伸びた機能性表示食品の市場規模が年間約1,900億円であり、訪日外国人旅行客数、ヴィーガン人口ともに著しい増加傾向であることを踏まえると、460億円という金額はもはや見過ごすことはできません。
これらのデータから、国内におけるヴィーガン市場は今後拡大していく可能性が高いと言えますが、その中でも多くの割合を「訪日外国人旅行客」が占めていることをよく理解したうえでの商品戦略が必要です。言語はもちろん、味の好みや文化の違いなど、幅広い視点での研究が必要になるでしょう。
また、「ヴィーガンではない人間」がヴィーガンに向けた商品を開発するにあたって、例えば「動物性さえ使っていなければいい」「肉を食べないのになぜ肉に似せたいのか」といった程度の認識で取り組んでしまうと、ヴィーガンの方々が本当に求めているような商品に辿り着くことは難しいでしょう。
ヴィーガンの方にとっては、「動物愛護などの自身の思想を大切にしたうえで、美味しいものを食べたい」という前提条件であることを尊重するべきです。
オーガニックや健康食品などを含む「ひと手間掛けた商品」は、その分価格も高くなりがちですが、一方で近年は食品表示法の改正やグローバルGAPの取得推進、HACCPの義務化といった「食の安全」への関心が非常に高まっています。
そのような背景も後押しして、「添加物や動物性の食材を使わずとも美味しくするために、製法や原材料にこだわっている」などといったストーリー性を有している商品に対して、以前よりも「その手間や価値に見合った値段であるべき」といった理解を得られる環境が整っているのではないでしょうか。
この度ヤマダイ株式会社が販売を開始した「ヴィーガンヌードル 担々麺」、「ヴィーガンヌードル 酸辣湯麺」(いずれも税別190円)は、まさに前述したような戦略上の要点を押さえている商品です。
出典:ヤマダイ株式会社
商品名や説明文、調理法に英字表記を加えたことで、外国の方でも商品の特色を理解しやすくなっています。また、カップ麺業界でも唯一の「動物性食材不使用、化学調味料不使用、アルコール不使用」という特徴は、やはり大きな強みです。
食品を日持ちさせるためによく使われるアルコール製剤すら不使用にしたことで、さらなる効果が生まれます。それは、「ムスリム」の方々も食べることができるということです。
イスラム教では「ハラール」と呼ばれる判断基準に適さないものは食べられず、アルコールも口にすることができません。
訪日ムスリム旅行客数は2020年に140万人を突破すると見込まれており、これは訪日ヴィーガン旅行客数と同等の数値です。ヴィーガン市場や日本人の健康食品市場のみならず、ハラール市場にも参入できることで、より多くの売上に繋がることが期待されます。
美味しさを追求してノンフライ麺に変更するなどのリニューアルも複数回重ねており、実は前身の商品でさえ、既に多くの国への輸出実績があるほど注目を浴びています。今回初めて商品名に「VEGAN」を冠したことで、海外からのさらに大きな需要も見込めるでしょう。
来年には東京オリンピックの開催を控え、訪日外国人数はピークを迎えます。日本国内のヴィーガン市場も活気づくことが予想されますが、ヴィーガンに対応している商品や飲食店はまだまだ広く行き渡ってはおらず、特に地方にはその傾向が強く見られます。日本を訪れたヴィーガンが、食べられるものを探して何店舗も回らなければいけないような状況は避けたいものです。
ヴィーガン専用に開発したものではなく既存の商品であっても、その基準を満たしているものはたくさん存在します。拡大傾向の市場であるということは、商品の表示を改め、SNSなどを用いた情報発信の方法を工夫することで、売上が向上する可能性を十分に秘めているということです。
またとない機会を損失することの無いよう、柔軟に対応できる体制を整えておく必要があるでしょう。